はい、APOROです。
転スラ日記見終わったので、書いていこうかなと。
まず、この記事の免責。
©柴・伏瀬・講談社/転スラ日記製作委員会
続いて、同時視聴のリスト
で、転スラ日記についてだけど、ずいぶん長くかかったよね。
最初の同時視聴が3月上旬で最終話の投稿が8月18日だもん。約半年かかってるよ。
それじゃ、今回も3項目に分けて話していくよ。
【ポップさ】:軽いことは軽いと思う
アニメの内容としては、アクション的な話が続いた1期と、当時は製作段階だった2期の間として作られたのが、この「転スラ日記」。
「いっき」と「にき」の中間だから「にっき」っていうのは、なかなか上手い言葉遊びかなぁと思う。
魔王として、1期以降も多方面で活躍することが期待されるリムル。
そんな中で本作ではテンペストの中で畑仕事をしたり、季節ごとに催される行事を仲間と楽しんだりしている。
各話を軽く拾ったサムネイルだとこんな感じ。
ベニマル(人参嫌い)が総大将なのに畑仕事してたり
お昼の時間になって、子供たちに石を握りつぶすところを見せて「すげー!」ってされてるシーン。
で、すげえなベニマルの場面なのかと思えば、自分に渡されたお昼の豚汁みて嫌そうな顔してたり。
ミリム日記が始まって、1期だと過激だったキャラが可愛く切った野菜食べてたり
特にこの話だと、終盤でリムルに背負われて帰るシーンが印象的だったな。
幼いころのノスタルジーゆえなのか、それともリムルとミリムしかいない侘しさが理由なのか。
あのシーンは転スラ日記の部分では印象に残ってる部分だったし、頭を空っぽにして見られるアニメだと断定できるようになったのはあのシーンからだなぁ。
ランガが雪遊びしてたり
普通の犬じゃんって感じがしてね。
本編では(`・ω・‘)キリッ としてんのにねぇ。
正直、こっちを本編にしても全然問題はないかなと思ったよ。
リムルの望みって、ざっくりとした認識だけど「みんなと楽しく幸せにくらしたい」ってわけで、なにも終始休みなくどったんばったん大騒ぎしたいわけでもないでしょ?
実際はあれこれ大変なことに巻き込まれたりしてるから、それが叶う日はいつになるんだろうかっていうのが本編なわけだけど。
その喧噪から離れた日常が転スラ日記になってるわけだから、気を抜いてのんびり視聴できるし、安心して見られるアニメとして、転スラ本編とは切り分けた notシリアス な作品になってるとは思う。
仲間が死んだりとかもないからね。
オープニングとかエンディングも参考になるかな?
OP
ED
ポップさの項はこんな感じかな。
【物語性からの評価】:アクション→日常
主軸としては、リムルとゆかいな仲間たちが送るドタバタコミカルな日常を視聴していくことになる本作だけど、
四季折々のイベントと転スラ本編のストーリーに沿った登場人物たちが、テンペストでどんな日々を送ったのか、現実の自分たちが折に触れて感じているアレコレを重ねて見ていく追体験方式でストーリーは進められる。
その中で以下2点
特にこの作品で重要だったかなと思うところがあるので、軽く書いておく。
日常と建築と農業
全体として、転スラ日記は農業と建築と暦の話をメインに据えて進めてるんだけど、あまりマンガ読んでても、こういうセットって見ないんだよね。
本来、農業と建築はどうしても暦を無視することのできない題材なのに、それらを無視しちゃうと、なんか物足りない味がするというか。
もちろんもやしもんみたいに、それだけでしっかり描いてる中で、いろんな要素が溶け出してる作品は、単体っぽく見せてるだけでその実ちゃんと重要な部分を無視してないというのが見えるからいいんだけどさ。
でも、転スラ日記はバランスよく入れてきた。
うまく本編のスピンオフ的展開(時間軸もあわせて)とテンペストの発展と同調させて進めている。
それが転スラ日記では人為的に「このパートは日常(建築・農業)で進めますよ」という感じで作っているのも、あまり要素が入り組んだ構造になっていない要因だろうね。
そのおかげで頭を空っぽにして見ていける。
あと、農業と建築の使い分けもいいよね。
農業はみんなでワイワイやりながら、自分たちの食料を生産したりとか、 トレイニーさんがハブにされていじけちゃったり。そういう「平等な共同体」っていうのがリムルの願うテンペストのあり方なんだなって感じがする。
一方、建築方面では基本的にゲルド&謎のゴブリン幼女のかけあいでほっこりするのがメインなんだけど、その裏に感じるのが「次世代に意志を引き継ぐ」っていうことが別の種族であっても隔たりなく行われているっていう。
その関係性が二重に尊いんだよなぁ。
あそこ好きなんだよ、 「この町に冬は訪れない、来させない」ってシーン。
10話の 17:00あたり。
なんでもない日常だからこそ、各々の共同体に対する思いが色濃く出てるよね。
暦、または風物詩
一般的なアニメの題材をどうやって転スラ世界に導入するか、リムルの発案とテンペストの住人たちの認識のズレ。
とくにその各話にある「認識のズレ」で笑った記憶はあるけど、前提としてリムルと文化的な理解が共有できているかというのは大事になってくるだろう。
それに、このズレっていうのがただのウケ狙いではないんだろうなと思ったシーンがあって、それが第7話の20:00あたりからのシーン。
リムルがおねむなミリムをおぶって夕暮れも過ぎ、夜空を背に帰るあのシーン。
あそこってさ、リムルは中身オッサンだから、ただ小さい女の子を背負って帰ってるだけ。
でもにミリムとってはどうだろうか?
「失うのが怖い」と言って、物語は生ぬるい夏の夜の空気に流れて終わる。
このあと2期でミリムは魔王になり「魔粘性精神体(デモンスライム)」つまり精神生命体へと変異する。
ミリムが 「失うのが怖い」って言ってたのが、寿命さえ永らえればいつまでもマブダチでいられるようになっちゃったんだから、なにか重大なことが起きたら鬼に金棒?鬼が分裂して2体になる?感じになっちゃうよね。
リムルとミリム、このままなかよくやっていってくれれば、そのうち平和なテンペストっていうのも夢じゃなくなるかもしれないね。
【個人的な体験との比較】:風物詩をアニメ的日常から体験する
なんとも日本人としてどうなのかな、と思うところではあるんだけど、正月とかクリスマスとか盆踊りとか、そういった行事に全く参加してないなぁと。
子供のころは、夏休みには盆踊りとか行って、自転車乗りまわして釣りにいったり、疲れて帰ってきたらスイカ食べて寝たり、そんなことをしてたのになぁ。
大人になったから、やらなくなったんじゃないと思う。
やれ仕事だ生活だっていう問題が降ってきて、そういったのがあると思っても表に出られるほどの体力が残ってはいないのがね。
辛うじて貸し農園を借りてるから、まだ季節から離れきった悲しい生き物にはなってないけれど、いつからアニメからじゃないと季節を感じられなくなる体になってしまったのか。
あの日焼けした細い腕と鋭い夏の日差しが恋しいよ。
冬、みんなでこたつむりになってどうでもいい話をしてたのが懐かしいよ。
そういうのを思い返すいい機会になった。是非とも、アニメから現実の方に取り返してやらんとな。
……そのうち、夏が終わる前に夜釣りでも行ってみるかな。有給とって。
はい、今回の記事はこんなところで終わりです。
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